設備投資や新規事業への参入など、経営者には大きな決断がつきものです。

「この設備を入れれば生産性は上がる」
「この事業は数年後に柱になる」
「これまで勘で成功してきた。今回もいける」

そう自分に言い聞かせ、ハンコを押してきた社長も多いでしょう。

しかし、その“勘”に本当に根拠はあるのでしょうか。

多くの投資失敗を見てきた立場から言えば、投資判断における直感は、往々にして「希望的観測」に過ぎません。そして、その希望が数字に裏付けられていないとき、投資は静かにギャンブルへと変わります。


成功体験という罠

「10年前の投資が当たった」
「周囲が反対したが押し切って成功した」

こうした成功体験は強い自信になります。しかしこれは“生存者バイアス”という心理的な罠でもあります。

10年前と今では、市場環境、競合状況、金利、人件費、すべてが違います。過去に追い風が吹いていたから成功した可能性を無視し、「昔当たったから今回も当たる」と考えるのは、投資ではなく宝くじに近い発想です。

さらに人は一度「やりたい」と思うと、それを肯定する情報だけを集めます。導入事例や成功談には目を向けても、失敗事例や隠れコストには目を向けなくなる。これが確証バイアスです。

「勘で決めた」と言うとき、多くの場合、心はすでに決まっています。そこから数字を合わせにいくだけです。これがギャンブルの始まりです。


直感には含まれない“見えないコスト”

投資がギャンブル化する最大の理由は、直感の中にキャッシュアウトの詳細が含まれていないことです。

社長の頭の中では、「売上が増え、補助金が出て、利益が残る」というシンプルな計算が描かれます。しかし現場では、数字に表れにくいコストが必ず発生します。

例えば1億円の設備を導入し、80%の稼働率を前提に計画を立てたとします。しかし実際には、受注不足やトラブルにより稼働率が50%に落ちることも珍しくありません。その瞬間、設備は利益を生む資産から、固定費を食い続ける負債へと変わります。

補助金があるからと投資額を膨らませるケースも同様です。設備規模が大きくなれば、メンテナンス費用、光熱費、固定資産税も比例して増えます。入ってくるお金には敏感でも、出続けるお金の重さには鈍感になりがちです。

さらに、どれだけ高性能な機械やITツールを導入しても、使うのは人間です。現場が使いこなせなければ、投資は機能しません。組織という土台を無視した投資は、砂漠に水を撒くようなものです。


銀行の承認は“成功保証”ではない

「融資できます」と銀行に言われると、計画が認められたように感じます。しかし銀行は投資の成功を保証しているわけではありません。銀行は回収のプロです。担保や保証が確保できていれば、融資は成立します。

銀行の承認は、投資が健全である証明ではありません。他人の承認を、自分の勘の裏付けにしてはいけません。


ギャンブルを投資に変える3つの視点

ではどうすればよいのか。答えは、勘を否定することではなく、勘を数字で検証することです。

① 最悪シナリオを書く
売上が半分になったらどうなるか。補助金が不採択ならどうなるか。それでも1年持ちこたえられるかを確認する。

② 回収期間を3年で考える
今の時代、5年先は不確実です。3年で元が取れない投資は、リスクが高いと考えるべきです。

③ 撤退ラインを先に決める
稼働率が〇%を切ったら売却する、〇ヶ月赤字なら撤退する。これを決めずに始める投資は泥沼化します。


本当の強さとは

経営は孤独です。大きな決断ほど、不安を打ち消すために「俺の勘は正しい」と言いたくなります。

しかし本当の強さとは、「自分は間違っているかもしれない」と疑う力です。

徹底的に数字で検証し、それでも残った可能性にだけ賭ける。それがギャンブラーではなく、経営者としての投資の姿です。

勘は武器になります。ただし、数字というフィルターを通したときだけです。